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すき・きらいを乗り越えて

今日の正午までが一般質問の通告締め切りでした。
僕が出したのは11時45分、ぎりぎりですね。

もう打ち合わせも終わっている先輩議員もいたので、
ちょっと仕事が遅いかもしれません。

明日10時~、打ち合わせがあるので、
午後は質問の細かい内容を考えていました。


僕の政治の先生である、
阿部卓也静岡県議のブログに、
次のような言葉が書いてありました。

少しだけ引用します。

>>>阿部卓也静岡県議ブログ
>>>
京都大学の佐伯啓思先生の論文で、
今の日本政治の停滞は「怨恨感情(ルサンチマン)の政治」を
やっているから「否の連鎖」になってしまって結局は
何も決まらない政治になってしまっていると論じておられました。
『アイツはキライだ』『アイツのオヤジに恨みがある』
『アイツらの言っていることは正しいが党派が違うからダメだ』
『アイツらは利権を永年独占してきたから正否はどうあれとにかくつぶしてやれ』
・・・などと、永田町をはじめとする政治の世界の怨恨は枚挙の暇がありません。

でも佐伯先生ご指摘のとおり、
これでは何も決まりませんし、政治は前に進みません。
ただし「なにもかも破壊する」というのも決して利口なやりかたではありません。
皆が冷静に慎重に「未来のために何が必要で、何が不必要か」を議論検討し、
「自分のために」ではなく「みんなのために、未来のために」と考えねば
ならないのが今日の政治のおかれた状況だと感じています。

>>>>


まさに今の政治の方向性を示していると思いました。

政治の現場には裏切りや嫉妬のようなものが実際に多いからかもしれないし、
なぜかはよくわかりませんが、
上で言うルサンチマンに覆われた場面に出くわします。

政治の世界はそういうものだといわれてきたということは
自然なことなのかもしれませんが、

現実の社会が厳しい時代になればなるほど、
その市民の感覚とのずれは明らかになってきますよね。

そして、人生経験の少ない僕がシンプルに見れば、
そんなことで必要な政策が実現しないなんて「ばかばかしい♪」

今こそ、
さわやかで、
合理的な市民の力で、政策を前に進めましょう。
少しでも、役に立つ市役所を作りましょう!


下田剣吾

よく見てみれば~3月議会開幕!

3月議会が始まりました。
いちばんの目玉は24年度の予算です。

4月から来年3月まで市役所が使うお金を決めるんです。
その使い方をあらかじめ「予算」というかたちで決めて、
役所はそれに基づいて、お金を使っていきます。

道を作るのも、
職員の給料を払うのも、
お祭りのイベントに協賛するのも、
全て、今行われている議会で決めるんですよ。

なので、反対に言えば、
一年で使うため、予算を「使い切る」なんて批判されたりするのも、
この一年、年度を基準にしたお金の使い方があるからなんですね。


なので、議員の一年のスケジュールで言えば、
この予算に、希望する内容をどれだけ盛り込めたか、
そのために力を尽くしたかが問われます。

今年度予算にもたくさんの事業が盛り込まれていますが、
それも様々な人の重いが詰まったものであります。
良い意味でも悪い意味でもありますが、
テキトーに作られた事業は一つもありません。

多くの希望や願いや要望から
優先順位をつけて、何度も何度も話し合われて
お金が使われていることだけはわかってきました。


明日、個人の議会質問(1時間)の通告(申し込み)が始まるので、
その内容をつめていたのですが、

いちばん頭を悩ませているのは保育園の耐震化の問題です。


しつこいですね笑。


おさらいをしますと、

君津市内には14の保育園があります。
私立の君津保育園と
市立の13の保育園です。

このうち立て直された小櫃(おびつ)保育園と
建設が終わった旧神門(ごうど)保育園以外の
11の保育園がすごく老朽化しています。

そのうちの5つは
特に建築士による簡易な診断で「早期に改修すべき」
という結論が出ています。


耐震化には2つの方法があります。

一つは耐震補強、スタンダードな方法で一つの園あたり6千万円

もう一つは新しく立て直すこと、
これは神門保育園でいうと3億5千万円かかりました。

なのですごくざっくり計算すると
全ての保育園を安全にするのに

耐震補強でも6億以上、
立て直せば、30億以上です。

君津市の予算案はおよそ270億円ですが、
保育園全ての運営費を合わせても3億程度です。

ですから。
すぐには無理だ、
こういうわけです。

理屈は通っています。


その理屈どおりに過去を振り返ると、
やはり1年の視点で見ることはできません。
億単位ですから、計画的に予算を作り出していきます。
だいたい振り返ると
過去10年で二つの保育園を建て直しています。

だから単純計算すると50年以上かかる。

これがこれまでに議論してきた中でわかってきたことです。


考えて考えて、
これを少しでも早く、地震が来る前に直したい
そう思います。

市の職員のみなさんもそうだし、
議員も市長も、そりゃあ早くしたいのです。
だけど、魔法じゃないので、できない。


市民のみなさんにお願いしたいのは、
やはり、声を上げること、
どうか、早く保育園児が安全に過ごせるように、
支援してほしいということです。



実は私は非常に複雑な思いでいます。

先日勉強に行った東京の武蔵野市では、
平成14年から、どういう保育園が必要か、
議論を始めていました。

その積み重ねがあり、
市民も保育園の先生も市役所も議員も共有した理念で
新しい保育園がスタートし、順調に進んでいました。

10年前です。

そこには情熱も反発も議論もあって、
それを過ぎて、一つの結論を出した。
そしてそれが早かったことが、今の順調さにつながっていると思いました。

最初の話に戻ります。

誰もが必死に予算を得ようとしてます。
事業を通そうとしています。
そういう制度ですから。


つまりは、誰かが一生懸命に思わなければ、
絶対に保育園に予算はつかない。

今まで建て直されなかったことを言い換えれば、
誰も建て直すことに興味がなかったからです。

もちろん、
いろんな事情はわかった上で、
どうしても伝えたくてこういう表現であえて言っています。


保育園に預けなければいけない親は
私も両親が教師で共働きでしたが、

まさに仕事に、子育てに必死です。

保育園に送り、仕事をし、迎えに行き、ご飯を作り、食べ、寝て、
そしてまた次の日。

そうした生活の中で、
「保育園の建物は地震が来ても安全だろうか」と
考える事など奇跡です。

もっと単純に
「この保育園は何年に建ったのか」
そうしたことさえ意識しません、それが当たり前です。

私もほんとに、思い出せないくらいの小さなきっかけで
この問題を調べ始めて、初めて、

自分の通っていた宮下保育園が昭和40年代にできたことを知りました。

だから仕方がないとじゅうぶんわかった上で、
あえて伝えたい、

しかし、それでは保育園は絶対に安全にならないということです。

生活のかかった業界や事業やビジネスのかかわる予算、
たくさんの人が興味を持つ予算
そういうものがある中で、保育園が予算を勝ち取るのは
どう考えても簡単ではないのです。


「こどものことなんだから予算ぐらい優先すればいいじゃないか」
「ちょっとぐらい・・・」

そう優しく思ってくださる方がいるかもしれません。
ですが、そんなことは絶対にありません。

また、状況的にも理解できるのは、
保育園に通わせるのは3年くらいですよね。
その短い間に、自分の子どもと限定すれば、
建て直しが完了することはないのですから、
親たちにとってもそれほど、モチベーションにはならないかもしれません。


政治の道を志した
自分でも苦笑することがあります。

つまりは、この難しいゴール
保育園が安全になったとしても、
保育園児たちに選挙権はないし笑

これまで保育園が安全かどうか関心を持つ時間がなかった親
というのはつまり、
政治や選挙に興味が比較的ない人と分析することができるかもしれません。

ですから、
保育園!保育園!保育園!
というのは損得でいえば、損かも。


しかし。
僕は皆さんに伝えたいのです。
市民の力で保育園を安全にしましょうと。

そのためには
保護者のみなさん、立ち上がってください。

それでも足りない

保護者を知っている皆さん、保護者の方に伝えてください。

保育園に全然かかわりがない皆さん。
それでも保育園を安全にしたほうが良いと思ってほしい。


なぜなら大地震は迫っているからです。
いつ起きてもおかしくない。
それがどんな大きな被害をもたらすとしても、できることはあるはずです。


幼い命が失われてから、
いくら報道で糾弾しても、
いくら裁判を起こしても、
いくら政治や行政を批判しても、それは遅い。

私たちは民主主義の国に生まれて、
その国の市民だ。

だから、大事だと思うことを政策として実現させる力を
その自由を持っています。

忙しいのはわかります。
だれもがそれぞれの立場で大変なのもわかります。
「俺のほうが困っている」そんなことを思う人もいるかもしれない。

そしてヒーローの政治家がいたり、
めちゃくちゃ親切で、市民の立場に立った市役所が
他の県などには確かにあります、
そういうところではいちいち大きな声をあげなくても、
市民のニーズや要望を取り入れた行政があることもわかります。


ですが、少なくとも君津市は
この問題に関していえば、
きちんと市民が考え、行動しなければ実現できません。

未来のために、
子どもたちの命を守るために、
安全な保育園を一緒に作ってください。
よろしくお願いします。


下田剣吾



3月議会が近づいてきました!

明日には3月議会前の全員協議会が行われます。
全員協議会では議会前に、議会に出す内容の議案やテーマを事前に
市役所側とやりとりをします。

全国的に見ると、
これをかなり綿密に時間をかけてやって、
議会では淡々と進む場合と、

軽い情報の交換程度で議論はあまりしないで議会に望む場合と

大きく二つに分かれているようです。

君津の場合は、議論が特にしにくいような雰囲気もないですが、
徹夜するような論議になることも、今のところ目撃していません。
その時のテーマや状況次第ということでしょうか。


先日武蔵野市に保育園の視察に行ってきました。
一人での視察でしたが、武蔵野市役所、子ども協会のみなさんや
現場の保育園の皆さんなどに親切に対応していただきありがたかったです。

またその準備に関しては君津市の議会事務局も日程調整や
各種のコーディネートなどお世話になり感謝です。

内容はかなり画期的なものでした。
それは市民の側からももちろんそうですが、
市役所、行政にとってもメリットのあるものだったと思います。

今日一日天井と資料とにらめっこしながら、
議会の部屋で政策を練っていました。


午後はすなが和良議員と、教育委員会を傍聴してきました。
内容は次回にしますが、思ったよりもメンバーは若く、
まさに子育て世代の方も多いように思えました。

明日からもがんばります!



さて、みなさんはテレビの番組がどうやって作られているか、
想像したことはありますか?

ぼくは決して優秀とはいえないディレクターだったと思いますが、
今思い出しても一つ一つの番組を作っていた時の景色や心の感じを
全て憶えています、それくらい濃密なものでした。

だからこそ、
7年間番組を作ってきた山形のことは忘れることができないし、
自分の血や肉、こころになっています。

そして山形に帰ったら会いたい人もたくさんいます。


僕は最初のころいわゆる報道や社会問題のテーマを作ることが多くて、
スポーツや文学はにがてだと思ってあまり企画を書きませんでした。

いろんな偶然が重なって、取り上げたのが
日塔貞子(にっとう・さだこ)という、
昭和20年代に病のため早くに亡くなった山形の女性詩人のストーリーでした。

山形で今不思議な詩集が売れている。
それは大手出版社が出しているんじゃなくて、
なくなった女性詩人の思いを伝えたいという女性たちが
復活させたものでした。

そんな物語。

番組の構成を書く時には、
当時ちょっと回り道みたいなやり方を僕はとっていました。

まず不思議な詩集が売れている、
その背景にはこういう人たちのこういう思いが、
最後はそういう流れになったのですが、


まずぼくは何回も何回も詩集を読みました。
伝記も読みました。

そして復活させた女性たちに話を聞いて。。。

でもスパッとひらめいたのは、こんな瞬間でした。

山形県立図書館に関係者が寄贈した
貞子さん本人の遺品があったんです。
それを見せていただき、撮影しました。

その時に物からたちのぼってきた雰囲気、息遣いのようなものに
圧倒されたんです。

ひとつはこうやって図書館の奥に、
昔なにかを表現しようとした人たちの大切にしたものが
このほかにもこのようにたくさんあるんだなあ、ということをはじめて知った驚き。

もう一つは貞子さんのまさに文学少女という可憐さ、純粋さとでも言いましょうか。
それが伝わってきたような気がしました。


すると、その詩集を復活させた女性たちが同じように「文学少女」に見えてきたんです。

そして構成は決まりました。
復活させた思いと苦労を伝えようと。

短い番組ですから、他にも方法は無限にあったと思います。
思い入れの読者の方の思いに重ねるとか、
どうしてその時代の心に響くのか分析的にするとか。

でもそうせずに、今の時代に伝えたいという女性たちに焦点を当てました。
そして、恥ずかしながら、詩を朗読しました。
そこには山形の美しい風景を編集でいれました。

詩の持っているまさに力で
なぜこんな伝わるのかはわかってもらえると信じたからです。

番組山形で放送され、そのご東北6県でも放送されました。
その詩集は各地で読まれたようでした。
女性たちによって朗読会なども行われています。

時代を超えて、
人の心を動かすもの、その偉大さを感じます。
また時代を超えて復活させた女性たちのことも本当にすごいなあと今でも思っています。


なぜこんな話をしたかというと、

政治の世界ではいわゆる行政文書など
固い内容のものを読み砕いていく、
あるいは背景にあるものは何か、探っていくような感じです。

それはそれでおもしろいのですが、
久しぶりに詩集を読んでみて、
あらためて言葉の力に、驚き、心を動かされたので、
そんなことを書きました。



最後に、日塔貞子の代表作、「私の墓は」という詩です。
読んでください。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


私の墓は

                     日塔貞子         

私の墓は
なに気ない一つの石であるように
昼の陽ざしのぬくもりが
夕べもほのかに残っているような
なつかしい小さな石くれであるように

私の墓は
うつくしい四季にめぐまれるように
どこよりも先に雪の消える山のなぞえの
多感な雑木林のほとりにあって
あけくれを雲のながれに耳かたむけているように

私の墓は
つつましい野生の花に色彩られるように
そして夏もすぎ秋もすぎ
小さな墓には訪う人もたえ
やがてきびしい風化もはじまるように

私の墓は
なに気ない一つの思出であるように
恋人の記憶に愛の証しをするだけの
ささやかな場所をあたえられたなら
しずかな悲哀のなかに古びてゆくように

私の墓は
雪さえやわらかく積もるように
うすら明るい冬の光に照らされて
眠りもつめたくひっそりと雪に埋れて
しずかな忘却のなかに古びてゆくように・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




にぎわう献血ルーム&どんどん焼き&環境審議会!

今日は僕自身ツイッターでも告知したので、
君津市保健福祉センターで行われた献血に行ってきました。

するとすごい賑わい。

老若男女、たくさんの方が来ていました。

400ミリ献血をしまして、聞きました豆知識です。

みなさん、例えば今日取った血液はどれくらいの期間、
使うことができると思いますか?




実は赤血球の性質から、

「3週間」だそうです!

思ったより、短いですよね。
そう聞くと、献血する必要性がわかってくる気がします。


僕の娘はまもなく4歳ですが、
先天的な心臓の病気があって、1歳の時に手術をして助かりました。
もちろん輸血もしていただきました。

その時の恐怖、そして助かった時の感謝。
それから、医療や病気について考えることができるようになりました。
これからもできることはしたいです。

君津からだと近い献血ルームは千葉市でしょうか、
あとは免許センターにもありますよね。

君津に常設の献血ルームはないですが、
献血バスが来ることはあるので、
今度気が向いたらぜひ行ってみてください。


豆知識にばんめ。

東日本大震災のあと、
助け合おうというムードもあったのでしょうか、
今日の担当者の方によるとだいたい平年の2倍くらいの献血があったそうです。

とっても良いこと。

でもその影にある課題があるそうです。

それは何でしょうか?


正解は
3ヶ月、という期間の問題です。
一度例えば400ミリの献血をすると、
ルールで3ヶ月空けないと、次の献血ができないのです。

そのため、
多くの人が献血を行ったということは
その一方で、多くの人が次のタイミングまで献血できないということに。
ですので、
ありがたい一方で、安定した献血が望ましいとのことです。



献血が終わると温かい甘酒が渡されました。


見ると君津ライオンズクラブのみなさんが、
甘酒を配ったり、新鮮卵やジュースを振舞っていました。

こうした善意にもまた支えられていたんですね。

ありがとうございました!


その後は消防団員として、
周南地区の宮下(みやのした)で行われた
どんどん焼きの警戒に参加しました。
竹などを背高く組んで、お正月飾りなどとともに、
燃やす季節行事です。

火柱が空に伸びて、
星も輝いていてとてもきれいでした。

僕は新人ですので
参加した!とは大きな声で言えるほど働いてはいませんが笑、
分団で最後火がきちんと消えるまでチェックしました。


話は変わりますが、

今日会った方から、
「若い議員同士仲良くしなきゃ!」と言われまして、

どういうことかというと、
先日のブログで橋下大阪市長について書いた時に、
「若い政治家は」という風に書いたのが、
君津市議会の中の批判に思えたという指摘でした。

読み直していただければわかると思いますが、
あの文章で一番言いたいのは、
きちんと町を実際に変える政治家になりたいという僕の思いと
そうなるために自戒をこめて書いた文章です。

特にあれは国会の議論を見てから書きました。
いわゆる左派といわれる政党の討論を見た後に書いたのですが、
誤解させてしまったでしょうか。失礼しました。


若手、というのがどこまでを指すかは難しいですが、
君津市で言うと、30代の先輩議員は加藤きよみさんとすなが和良さんです。
お二人には、このブログでも何度も書いていますが、
めちゃくちゃお世話になっております。

議場での振舞い、質問の仕方など細かいこともまだわからないことが多いです。
そういうときに私も聞くことができ、
また優しく教えていただいています。

会派、党などは違うかもしれませんが、
将来のまちを良くしたいという思いは同じだと僕は思っています。
ですので、心配いただいたお母さん、ご安心を。


そのすなが議員の実力を見せられたのが
先日の環境審議会でした。

3月議会で議論となるテーマが「残土条例の改正」です。

議会前の市民と議員、関係者でつくる環境審議会というのがあるのですが、
そこで案が議論されました。

自然を守るのがいい
環境を守るのがいい
というのは誰でも共通なのですが、

今回の改正では千葉県外で出された残土を入れないという条文があります。

天笠議員はこれだけの不況下、そして産業が少ない中では、
適正な規制とはいえないのでは?
きちんと検査した上で受け入れるべきだという趣旨で、

すなが議員は業者のこれからおかれる厳しい見通しへ理解は示しつつ、
やはり環境面としてどうなのか、きちんと議論をしましょうという趣旨で、

またほかの市民の方も様々な立場から、考え方や意見を述べられました。

私は、自分自身きちんと判断するためにどうするか、悩みを抱えつつも、

市民と議員が共に議論し、方向を決めていく姿に
わくわく、といったら語弊がありますが、
すごく希望を感じました。

まぎれもなく、先輩議員のみなさんはその議論や弁論を通じて、
未来を語っていました。


僕の意見は先日の議会報告会でも市民の方と30分以上議論をしました。
そこでの流れと
また直前までしっかりと考え決める、そう決めています。


早く先輩たちに追いつき、議論ができるように、
もっともっと勉強しなければと思っています。
白熱!環境審議会の議事録
(ぜひ読んでみてください!)


下田けんご

伝え残したい~遺族会に参加して

今日は君津市遺族会の新年会でした。
たくさんの市民の方が参加されていました。

君津市遺族会

写真は壇上で挨拶している富津市の吉本県議会議員。
手前左は久留里地区の三浦あきら市議会議員、右は天笠ひろし市議会議員です。

僕には二人のじいちゃんがいて、
一人目の祖父は西部ニューギニアで亡くなりました。
父の父にあたるじいちゃんも、南方で厳しい戦争体験を経験しました。
母の父も海軍で辛い体験をしました。

遺族会が抱えているのは高齢化。
戦後66年がたち、もはやおじいちゃんおばあちゃん世代であっても、
戦争をまったく知らないか、
あるいは知っていても、ごく小さな時という人が増えています。

しかし、それでも、戦争の記憶を、
そして先祖たちが経験したことを、その誇りを伝えていこうという人たちの思いに
頭が下がりました。


僕が戦争について身近に感じることができたのは
やはりNHKでの経験です。

毎年夏になるとNHKで戦争関連番組をやります。
ディレクターたちも若い人が一生懸命取材し、番組の企画を作ります。

僕が作った番組はシベリア抑留や満州引き揚げ。
その中で、目の前のお年寄りと何時間も話をして、
番組も作り、人間関係を作っていく中で、
その人の悲しみや辛さの一端がはじめて自分の心に伝わってきました。

そうすると不思議なことに、
自分のばあちゃんから聞いた戦争の話や
テレビや映画の戦争の話、
あるいは海外のガザの紛争の子どもたちの話などまで
自分の心が反応するようになった気がします。

これからを生きる子供たちにも
そんな風に戦争や先祖のことを思いやれるような
きっかけを作ってあげられれば良いですね。

地元周南(すなみ)地区からも
小林きくお議長の奥様をはじめ、たくさんの人が来られていました。

NHK時代の番組のDVDなども
お貸ししますので、興味がある方はご連絡ください。

下田けんご
プロフィール

下田けんご

Author:下田けんご
菜の花咲く房総半島☆
千葉県南部にある
君津市(きみつし)の
市議会議員
 下田けんご です!

昭和56年(1981年)
  7月10日生まれ。
☆かに座 ☆O型
田んぼに囲まれた
周南(すなみ)地区で育つ

元NHKディレクター。
ドキュメンタリー中心に
農業、教育、旅、音楽等
番組の企画・制作する
しごとでした!

ディレクターとは
こんな仕事☆


①取材!

②番組企画を提案!

☆採用(又は不採用)

③ロケ(撮影・収録)
→スケジュール作成
→ロケの運営
(何をどう撮るか判断)
カメラマン、
音声マンと。

④編集・ポスプロ(完成)
→編集 編集マンと。
→ナレーション原稿作成
→字幕の作成
→ナレーションの収録
→映像、音声の完成、

⑤放送・管理
→放送立ち会い
→テレビ欄作成
→権利処理
→放送後の管理
などを行います。

また事件・事故が
起きた場合、
緊急の生中継などを
アナウンサ-や記者と
現場で行います。

・羽越線脱線事故
・台風中継など。

最後の仕事は
東日本大震災緊急報道。

・宮城県内の避難所中継
・福島からの避難者企画



2011年9月25日市議選

2589票で初当選-無所属


2014年10月26日市長選

12413票で落選


2015年9月13日市議選

3739票で当選(2期目)

会派名は【きみつ改革】

千葉県南部最年少市議!

真板益夫校長の
(まいた・ますお)
「真心教育」の
木更津中央(現総合)高卒

立命館大学政策科学部卒

このまちに
暮らして良かった、
生まれてよかった、

みなさんがそう思える
まちづくりをめざします

ちゃんと調べ☆
的確に質問!
改善するのが流儀です★



◎議会で毎回個人質問!

◎議会あとには4地区、
 計 年16回の
 報告会を開いてます!
 
 ①生涯学習センター
 ②小糸(こいと)地区
 ③周南(すなみ)地区
 ④そのほかの場所


◎議会のあとには
 市内3万軒に
 議会報告チラシを折込
※1回30万円必要です※

◎同じ市議選で
初当選した同期は
保坂よしかず市議(久保)
高橋あきら市議(小櫃)

◎同じ若手の
すなが和良市議と
共催の議会報告会も
しています


◎全国若手市議の会
(初当選35歳以下、
 会員は400人以上)
に所属して、
最新の政策を勉強☆

◎立命館大学
 千葉県校友会所属


◎平成15年ODA民間モニター(ザンビア)


◎ボランティアと、
 皆様からの寄附で
 選挙や
 政治活動を行います!

◎ご指導
 よろしく
  お願いします!!



【好きなもの】
○音楽
ザ・クロマニヨンズ
ザ・ハイロウズ
ザ・ブルーハーツ
真島昌利
手嶌葵
井上陽水
吉田拓郎
斉藤和義
大友良英
宇多田ヒカル
ザ・ビートルズ
ジョン・レノン
ニール・ヤング


○読書
沢木耕太郎
大空博
近藤紘一
本田靖春
山口瞳
開高健
森枝卓士
ボブ・グリーン
小泉武夫

○テレビ・ラジオ
プロフェッショナル
 ~仕事の流儀~

歴史秘話ヒストリア
有吉マツコの怒り新党
ドキュメント72時間
グッドワイフ
あまちゃん
新・日曜美術館
アメトーク
歌姫
うぬぼれ刑事
あさイチ
私も一言・夕方ニュース
ラジオ人生相談

○新聞を読むこと
讀賣新聞
産経新聞
朝日新聞
毎日新聞
東京新聞
日経新聞
新千葉新聞
山形新聞
千葉日報

○音楽ライブ等
arabakiロックfes

○ふるさと君津
自宅から見える星空
水を張った田んぼ
黄金の稲穂
静かな空気
緑のあざやかさ。

鹿野山九十九谷
久留里の名水
久留里・タイ料理たいこくどう
同・喜楽飯店

亀山の黒湯温泉

小糸・ラーメンもみやま
国道127号沿い寿々女庵(すずめあん)のソバ
郡(こおり)地区・四馬路(すまろ)らーめん


○旅行
アメリカ
フランス
スペイン
ポルトガル
オランダ
タイ
ラオス
フィリピン
韓国
台湾
ケニア
ザンビア
ウズベキスタン
など


○第二の故郷「山形」
百目鬼温泉
湯野浜温泉
銀山温泉
蔵王温泉
湯田川温泉

鶴岡
100年の焼畑農法
藤沢かぶ
田川かぶ
温海(あつみ)かぶ
加茂水族館
到道館
アルケッチャーノ

酒田
山居倉庫
相馬樓
傘福
平田赤ねぎ
寿司・鈴政

東根・伊勢そば
ソースかつ丼と冷たい肉そばの河北町・といや

山形市・ラーメンよしのや食堂


○料理をすること

○写真をとること

○友だちと会うこと



☆年齢性別問わず、
   人と話すこと。






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