FC2ブログ

なくなった人に「安らかに」と祈ること

木更津のやっさいもっさい、

盛り上がっているみたいですね。


踊りにもまつりにも、

実は亡くなった人を悼む意味があります。


そしてお盆、

ぼくは夕方、娘とちょっとドライブ。

するとまちのあちこちでわらなどを燃やす
「迎え火」が行われていました。

かえってくる先祖の道しるべにするためです。


家ごとにしていましたが、

辻ごとに若い人がたくさんいました。


お年寄りがいて、孫がいて、若い夫婦がいて、

そんな風景が見られました。


そして今日は終戦の日。

アメリカと日本が全面戦争をし、日本が負けた日。

アメリカと戦争をした、というのを

知らない若い人がいるという都市伝説がありますが、

そんなことはないでしょう。



ただ、実際には

よくわからない、という人も多いかもしれません。


そういう方に聞かれた場合、

僕はシンプルに

「戦争でなくなった親戚や地域の人に対して
 安らかにとお祈りしてください」とお願いしています。


君津の中央公園に行くと、

噴水があって、ブランコもあるので、

子どもは喜んで遊びます。


しかしその横には戦争でなくなった方を慰霊する碑があります。

D1000032.jpg


手を合わせて、

素晴らしく豊かな国になりました

本当にありがとうございました

やすらかにお眠り下さい


そう祈りました。



もし、中央公園に行ったら、
お子さんと一緒に手を合わせてみるのもよいかもしれません。


すっごく重要なポイントは、


若いからあんまりわからないという方、


自分が分からないという事は、

子どもにも、戦争のつらさや、

そのつらさのなかで亡くなっていった人たちの思いが

まったく伝わらずに、忘れられるという事なんです。


すごい悲惨なことですよね。


むずかしく考えなくてよいと思います。


お子さんと並んで、

「安らかにお眠りください」

そう祈ってみませんか、そんな提案でした。




まちの人に

「戦争の悲惨さを知ったきっかけは?」

と聞いたら、


もしかしたら、映画とかはだしのゲンとか出てくるかもしれません。


これがぼくは相当やばいと思う。


もちろんはだしのゲンは素晴らしい作品。

他のものだって、そう。


でも、一番戦争が伝わるのは、聞いた方がいいのは

自分の家族や親族から、ではないのでしょうか。

親しい人、近い人が、こんな思いをした、こんな経験をした。

それを全く聞くことなく、

思いをはせることなく、


誰かが作った戦争の特集や映像、作品に心を動かすのは、

順番がちょっとちがうかな。


ぼくはNHKのディレクターとして、


中国に国の政策で置き去りにされてしまった残留孤児の話や

ソビエト軍侵攻の引き上げの混乱の話や

ソビエトによって、戦争が終わったのにシベリアで強制労働をさせられた話など


多くの取材をし、放送してきました。


しかし、自分の家族のことは全然知らなかった。


そういう思いを書いた


靖国神社に参拝した時の文章を載せて、


終戦の日の思いに代えます。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

祖父を想う靖国     

君津市議会議員 下田剣吾

 同じ周南地区の先輩である小林喜久男君津市議会議長のご厚意で、

君津市遺族会の靖国神社参拝に初めて参加することができた。

その日はうだるような暑さで、ジメジメとした湿気もあった。

しかし中に入ると、静けさと荘厳な雰囲気に包まれていた。
 
 私は亡き祖父のことを思いながら、手を合わせ、目をつむった。

南方の熱の中で生涯を終えたじいちゃん。

ただただ安らかに眠って欲しい、そう願った。
 
 
祈りを終え、目を開けると同じように、

亡くなった親族を思い目を閉じる遺族会のみなさんの姿があった。


会員のみなさんも年々年を重ねている。


昭和56年生まれの私は、たぶん最年少の参加者であろう。


私たちの世代が、

きちんと次の世代にこの祈りを伝えなくてはと思った。


神社の木々のおかげか、私たちの間を涼しい風が通り過ぎていった。
 
 


私の祖父にあたる下田岩男は南方で命を落とした。


祖母は同じ部隊の男性と再婚し、


私の父、正行が生まれ、


そして私が生まれた。



自分の命が今ここにあるのは、


戦争で戦った祖父のおかげであり、


また戦後の食べることも満足にできず、

学校に通うことも苦労するような、


途方もない苦難の時代を、

祖母が、

そして両親が乗り越えてきたおかげだ。


同じように、


周南地区で、そして君津市全体で、


同じ苦しい時代を乗り越えてきた地域の人たちがいたからこそ、


悲しみや努力があったからこそ、


今のふるさとがあり、


私たちは生きている。


しかし、こうした当たり前のことを、

実は私はほとんど意識せずに生きてきた、


ある人に出会うまでは。
 
 

周南で生まれ育ち、

京都の大学を卒業した私はNHKに就職した。


職種はディレクター。


放送されるテレビ番組の企画を考え、


インタビューをしたり、


ナレーションの原稿を書いたり、


映像の編集をする仕事だ。


NHKでは、毎年6月になると、

地方に赴任した2年目のディレクターにある指令が下る。

8月に放送する「戦争関連番組」の企画を求められるのだ。


図書館などにある戦記や手記、


過去の新聞記事などを調べ、実際に人に会いに行く。

戦場の証言か被害体験か、

番組の内容は自由、

自分で考える。


会社としては若い職員がどうやって戦争と向き合うのか、

その葛藤を含めて番組にしようと考えていた。
 
 
そうした中、私はひとりの中国残留孤児のおばあさんに出会った。


残留孤児とは、

国内の貧しい農村から、


満州で豊かな新生活を目指した親に連れられ、

中国東北部に渡り、

戦後にソ連が侵攻したことなどによる混乱で

帰るすべをなくし、


置き去りにされたこどもの事。


完全な日本人でありながら、


国の政策ミスで、


多くは70代になるまで帰国を許されなかった。
 
 

私は山形市郊外の市営住宅に住む女性を訪ねた。


玄関先には家庭菜園。

部屋に入るとおばあさんは笑顔で迎えてくれた。


しかしどこかが変だ。


部屋は暑く、そしてハエがいる。


話を聞くと、70代になるまで中国にいたため、


働くこともできず、生活保護を受けている。


貧しさの中で空調もなく、


自分で野菜を作りぎりぎりの生活をしていた。
 
 
私は何度も通って話を聞いた。


ある時、せきを切ったように彼女は話し始めた。


日本へ帰ろうと何十キロも歩いたこと。


目の前で父と母を殺されたこと。


逃避行の途中だったため、


遺体に弔いもできなかったこと。


それが悲しくて、


父の体に落ち葉をかけ、声も上げずに泣いた事。


それから中国人と望まない結婚をしたこと。


辛い農作業のあとに小さな声で日本の童謡を歌っていた事、


日本のことを忘れてしまわないように。



私は涙を抑えることができなかった。



彼女と向き合い、


初めて


自分の中に戦争というものがほんの少し、


感覚として芽生えた。


私は彼らの心にある悲惨な戦争体験と


現在の苦しい生活を伝える番組を作った。



国はその後、残留孤児のための新制度を作り、


孤児たちは少なくとも経済的には安定した。



しかし、そのおばあさんは新制度ができてすぐ、亡くなった。


私は自分の妻と娘を連れ、


彼女の家族と共に葬式を手伝った。
 
 

それ以来。


私は戦争に関する文章や番組を見た時、


その思いを想像するようになった。



また、盆や正月に、実家の祖母に会うと、


戦中、戦後の彼女の苦労について、


思いをめぐらすようになった。




墓参りをする時には、


心の底から、

先祖に対して、


「安らかにお眠り下さい」とつぶやくようになった。
 
 

誰であれ、

戦争で家族をなくした方の心の痛みを

理解することは到底できない。


しかし、その思いを想像しながら、


次の時代に引き継ぐことはできる。



誰もが生きていく中で、


自分の生活やその利益を考えるのは当たり前のことだ。


しかし最近、私たちはそういう時代の雰囲気の中で、


戦争の痛みや


それに苦しむ人たちの思いを忘れてはいなかったか。



国を守るために戦ったじいちゃんたちは、


少なくとも日本のため、


日本人のためと考えていたと私は思う。



私は今度、4歳になった娘と靖国を参拝しようと思う、


ふるさとや亡くなったひいじいちゃんについてゆっくり話をしながら。
 
 
結びに、遺族会のみなさまの日頃からの活動に心より敬意と感謝を申し上げます。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



みなさまが素晴らしいお盆を過ごせますように。



下田けんご

関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

下田けんご

Author:下田けんご
菜の花咲く房総半島☆
千葉県南部にある
君津市(きみつし)の
市議会議員
 下田けんご です!





昭和56年(1981年)
  7月10日生まれ。
☆かに座 ☆O型
田んぼに囲まれた
周南(すなみ)地区で育つ

元NHKディレクター。
ドキュメンタリー中心に
農業、教育、旅、音楽等
番組の企画・制作する
しごとでした!

ディレクターとは
こんな仕事☆


①取材!

②番組企画を提案!

☆採用(又は不採用)

③ロケ(撮影・収録)
→スケジュール作成
→ロケの運営
(何をどう撮るか判断)
カメラマン、
音声マンと。

④編集・ポスプロ(完成)
→編集 編集マンと。
→ナレーション原稿作成
→字幕の作成
→ナレーションの収録
→映像、音声の完成、

⑤放送・管理
→放送立ち会い
→テレビ欄作成
→権利処理
→放送後の管理
などを行います。

また事件・事故が
起きた場合、
緊急の生中継などを
アナウンサ-や記者と
現場で行います。

・羽越線脱線事故
・台風中継など。

最後の仕事は
東日本大震災緊急報道。

・宮城県内の避難所中継
・福島からの避難者企画



2011年9月25日市議選

2589票で初当選-無所属


2014年10月26日市長選

12413票で落選


2015年9月13日市議選

3739票で当選(2期目)

会派名は【きみつ改革】

千葉県南部最年少市議!

真板益夫校長の
(まいた・ますお)
「真心教育」の
木更津中央(現総合)高卒

立命館大学政策科学部卒

このまちに
暮らして良かった、
生まれてよかった、

みなさんがそう思える
まちづくりをめざします

ちゃんと調べ☆
的確に質問!
改善するのが流儀です★



◎議会で毎回個人質問!

◎議会あとには4地区、
 計 年16回の
 報告会を開いてます!
 
 ①生涯学習センター
 ②小糸(こいと)地区
 ③周南(すなみ)地区
 ④そのほかの場所


◎議会のあとには
 市内3万軒に
 議会報告チラシを折込
※1回30万円必要です※

◎同じ市議選で
初当選した同期は
保坂よしかず市議(久保)
高橋あきら市議(小櫃)

◎同じ若手の
すなが和良市議と
共催の議会報告会も
しています


◎全国若手市議の会
(初当選35歳以下、
 会員は400人以上)
に所属して、
最新の政策を勉強☆

◎立命館大学
 千葉県校友会所属


◎平成15年ODA民間モニター(ザンビア)


◎ボランティアと、
 皆様からの寄附で
 選挙や
 政治活動を行います!

◎ご指導
 よろしく
  お願いします!!



【好きなもの】
○音楽
ザ・クロマニヨンズ
ザ・ハイロウズ
ザ・ブルーハーツ
真島昌利
手嶌葵
井上陽水
吉田拓郎
斉藤和義
大友良英
宇多田ヒカル
ザ・ビートルズ
ジョン・レノン
ニール・ヤング


○読書
沢木耕太郎
大空博
近藤紘一
本田靖春
山口瞳
開高健
森枝卓士
ボブ・グリーン
小泉武夫

○テレビ・ラジオ
プロフェッショナル
 ~仕事の流儀~

有吉マツコの怒り新党
ドキュメント72時間
グッドワイフ
あまちゃん
新・日曜美術館
アメトーク
歌姫
うぬぼれ刑事
ラジオ人生相談

○新聞を読むこと
讀賣新聞
産経新聞
朝日新聞
毎日新聞
東京新聞
日経新聞
新千葉新聞
山形新聞
千葉日報

○音楽ライブ等
arabakiロックfes

○ふるさと君津
自宅から見える星空
水を張った田んぼ
黄金の稲穂
静かな空気
緑のあざやかさ。

鹿野山九十九谷
久留里の名水
久留里・タイ料理たいこくどう
同・喜楽飯店

亀山の黒湯温泉

小糸・ラーメンもみやま
国道127号沿い寿々女庵(すずめあん)のソバ
郡(こおり)地区・四馬路(すまろ)らーめん


○旅行
アメリカ
フランス
スペイン
ポルトガル
オランダ
タイ
ラオス
フィリピン
韓国
台湾
ケニア
ザンビア
ウズベキスタン
など


○第二の故郷「山形」
百目鬼温泉
湯野浜温泉
銀山温泉
蔵王温泉
湯田川温泉

鶴岡
100年の焼畑農法
藤沢かぶ
田川かぶ
温海(あつみ)かぶ
加茂水族館
到道館
アルケッチャーノ

酒田
山居倉庫
相馬樓
傘福
平田赤ねぎ
寿司・鈴政

東根・伊勢そば
ソースかつ丼と冷たい肉そばの河北町・といや

山形市・ラーメンよしのや食堂


○料理をすること

○写真をとること

○友だちと会うこと



☆年齢性別問わず、
   人と話すこと。






にほんブログ村 政治ブログ 政治家(市区町村)へ
にほんブログ村

にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 君津情報へ
にほんブログ村



最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
見ていただいた人
下田けんご聞きます
疑問や質問、ご意見を聞かせて下さい

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
05 | 2020/06 | 07
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
検索フォーム
リンク
QRコード
QR